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岐阜地方裁判所 昭和61年(行ウ)7号 判決

原告 岐阜環境衛生有限会社

被告 岐阜市長

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和六一年二月二一日付でなした浄化槽清掃業不許可処分は、これを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(本件申請)

原告は、被告に対し、昭和六〇年九月三〇日、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下、「廃掃法」という。)九条に基づき、岐阜市において、し尿浄化槽の清掃を業として行うことの許可を申請した。なお、昭和六〇年一〇月一日から施行された浄化槽法(昭和五八年法律第四三号)の附則一二条により、廃掃法九条は削除されたが、同附則五条により、原告の申請は浄化槽法三五条に基づく浄化槽清掃業の許可の申請とみなされる次第である(以下、原告の右申請を「本件申請」という。)。

2(本件不許可処分)

被告は、本件申請に対して、昭和六一年二月二一日付をもって、これを不許可とする旨の処分をした(以下、被告の右処分を「本件不許可処分」という。)。

3(本件不許可処分の違法性)

被告の本件不許可処分は、覊束裁量の範囲を逸脱してなされたものであり、違法である。

よって、本件不許可処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の各事実は認める。

同3は争う。

三  抗弁

1(本件申請が浄化槽法三六条一号に適合しないこと)

(1)  浄化槽法三五条の許可処分については、申請者が「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験を有していること」を認めるときでなければ、これを許可してはならないとされている{浄化槽法三六条一号、厚生省関係浄化槽法施行規則(以下、「浄化槽法施行規則」という。)一一条四号}。

(2)(a)  従って、被告は、原告が浄化槽の清掃に関して「相当の経験」を有しているか否かについて判断を迫られたのであるが、原告の申請書には、財団法人日本環境整備教育センター(以下、「教育センター」という。)の実施する講習会(Bコース)の修了証書等の書類が添付されているだけで、「相当の経験」の有無を判断するための資料が添付されていなかった。

(b)  そこで、岐阜市担当者は、原告に対し、口頭で、更に、二度にわたって書面(昭和六〇年一二月七日付及び同月一八日付)で、右の点について釈明を求めた。

(c)  これに対して、原告は、昭和六一年一月三日付の書面で「原告代表者は、教育センターの実施する講習会(Bコース)の修了証書を授与され、これを本件申請の際、被告に提出しているが、教育センターは、『相当の経験』を有していると認定した者にのみ講習会を受講させ修了証書を交付しているのであるから、『相当の経験』についての証明は右修了証書の提出により十分である」旨の回答を寄せただけで、被告の求めた実務経験の内容(勤務先、在職期間、担当業務等)を記載した書類の提出を拒んだ。

(d)  しかしながら、右修了証書は、「あなたは、…し尿浄化槽に関する専門的知識及び技能を有する者を養成する講習として厚生大臣の認定した課程を修了したことを証します」と記載されている如く、専門的知識及び技能を有する者を養成する講習課程を修了したことを証明するものではあるが、講習修了者が「相当の経験」を有することまでは証明していない。修了証書の発行者である教育センターもBコース修了者が相当の経験を有しているものとはみなせない旨明言している。

(e)  以上のとおり、原告は、浄化槽の清掃に関して「相当の経験」を有していると認めるに足りる資料を被告に提出しなかったのである。

(3)  なお、原告は、原告代表者及び従業員鈴木理史こと裴錫崇(原告代表者の父、以下、「理史」という。)の「相当の経験」を被告は熟知している筈である旨主張するが、原告主張の履歴書は本件申請における添付書類ではなく、先に原告(当時の代表者理史)が被告に対してなした昭和五八年八月一日付の許可申請(以下、「昭和五八年申請」という。)を補完する添付書類であり、しかも、昭和五八年申請に対する不許可処分が裁判で争われ、一審判決が言渡された後に提出されたものであったので、被告は右履歴書を原告に返送したのであり、本件不許可処分の際には、右履歴書は被告の手元には存在しなかったのである。また、同事件での理史及び鈴木好広の供述によれば、理史が昭和五八年申請の際、提出した履歴書が虚偽のものであることが明らかとなったのである。

(4)  更に、原告は、被告が独自の調査をなさずに不許可処分にしたのは不当である旨主張するが、右主張によれば、申請者から履歴書等の書類の提出がないにもかかわらず、被告は、申請者の全生涯について、しかも、申請者の協力なしで、調査をしなければならない結果となり、原告の主張は不可能を強いるものであって不当というほかない。

(5)  以上の次第で、被告は、原告が、浄化槽の清掃に関して「相当の経験」を有しているとは認めることができないので、本件申請が浄化槽法三六条一号に適合しないと判断した。

2(原告が浄化槽法三六条二号ホに該当すること)

(1)  浄化槽法三五条の許可処分については、申請者が「その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」に該当しないと認めるときでなければ、これを許可してはならないとされている(浄化槽法三六条二号ホ)。

(2)(a)  浄化槽を清掃した場合、汚泥が発生するが、この汚泥は廃掃法で定める一般廃棄物であるから、浄化槽清掃業者が清掃の結果生じた汚泥を収集・運搬・処分するためには、廃掃法七条の許可が、別途、必要である。

(b)  右の理は、「廃掃法九条一項の規定(現行の浄化槽法三五条一項に相当する)により市町村長の許可を受けたし尿浄化槽の清掃を業とする者が、し尿浄化槽に係る汚泥の収集、運搬又は処分を業として行う場合には廃掃法七条の許可を受けることは不要である」旨定めていた廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(以下、「廃掃法施行規則」という。)二条二号が昭和五三年厚生省令五一号改正により削除されたという法規改正の経過からいっても明らかである。

(c)  また、厚生省生活衛生局水道環境部長の各都道府県知事・各政令市市長宛の通知「浄化槽法の施行について」(昭和六〇年九月二七日付、衛環第一三七号、以下「第一三七号通知」という。)は、「浄化槽清掃業については、従来どおり市町村長の許可制とするものとし、…清掃により引き出した汚泥につき、業として収集、運搬又は処分を行う場合も、従来どおり廃掃法に基づく一般廃棄物処理業の許可が必要であるので留意されたいこと。」として、右の理を確認し、更に、厚生省生活衛生局水道環境部環境整備課長の各都道府県・各政令市廃棄物行政主管部(局)長宛の通知「浄化槽清掃業の許可について」(昭和六二年五月一三日付、環整第七八号、以下、「第七八号通知」という。)は、「廃掃法七条一項の許可を有しない者が、浄化槽法三五条一項に規定する浄化槽清掃業の許可を申請してきた場合には、浄化槽の清掃の結果引き抜かれた汚泥を適正に処理する体制が整備されているか否かを確認するため、当該申請者が、廃掃法七条一項の許可を有する者に、浄化槽の清掃の結果引き抜かれた汚泥の収集、運搬又は処分を委託する旨の委託契約書の写し等必要な書類の添付を求めることとしてよく、かつ、右必要な書類が添付されていない場合には、当該許可申請を受理しなくてもよい。」として、右の理に沿った運用を認めている。

(3)  原告の申請書には、「収集、運搬、処分の方法及び作業計画」として、汚泥をバキュームカーを使用して収集運搬する旨記載されていた。

(4)  そこで、岐阜市担当者は、原告に対し、口頭で、更には、二度にわたって書面(昭和六〇年一二月七日付及び同月一八日付)で、次のように、釈明を求めた。

「清掃により引き出した汚泥につき業として、収集、運搬又は処分を行う場合は、廃掃法に基づく、一般廃棄物処理業の許可が必要であることは既に教示ずみです。従って、一般廃棄物処理業の許可を受けていない貴社が清掃により引き出した汚泥の収集、運搬又は処分についていかなる方法をとられるのかお尋ねします。」

(5)  これに対し、原告は、昭和六一年一月三日付の書面より「法は、一般廃棄物の収集、運搬、処理業と浄化槽清掃業を明確に区別している。右は、両者の間に質的な違いがあるためであり、このことは法改正の前後においてもなんら変わりがない。廃掃法九条の許可は同法七条とは区別して扱われるべきである。」旨の回答を被告に寄せた。

また、原告は、口頭で、浄化槽法三五条の許可があれば、廃掃法七条の許可がなくても、汚泥の収集、運搬、処分ができる旨の法的見解を述べた。

(6)  右の原告の態度から、仮に原告に対し浄化槽法三五条の許可を与えた場合、原告は、廃掃法七条の許可を得ずして汚泥を収集、運搬するおそれが十分にあるといえるので、被告は、原告が「その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」(浄化槽法三六条二号ホ)に該当すると判断した。

四  抗弁に対する認否及び原告の反論

1  抗弁1について

(1) 抗弁1の(1)は認める。

同(2)については、(a)のうち原告の申請書に教育センターの実施する講習会(Bコース)の修了証書が添付されていた事実、(b)の事実及び(c)のうち原告が昭和六一年一月三日付の書面で被告主張の如き回答をした事実は認めるが、その余の主張は争う。

同(3)ないし(5)の主張は争う。

(2) 浄化槽法施行規則一一条四号所定の浄化槽の清掃に関する「相当の経験」は「専門的知識」「技能」とは観念上は分離して考えることが可能であるとしても、被告のように、実務経験の期間についてのみ画一的な基準を設定して判断しようとするのは誤りである。原告代表者及びその父で従業員である理史は、教育センターの実施する講習会(Bコース)を修了しているが、この経歴は前記「専門的知識」「技能」のみならず、「相当の経験」の要件の充足を推認させる有力な資料というべきである。

(3) また、浄化槽法施行規則一一条四号は申請者が「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験を有していること」を求めているのであり、被告が求めている履歴書の如き書類の提出を要件とはしていない。

しかして、被告は、本件申請受理当時、浄化槽の清掃に関する原告の経験について、次のとおり、熟知しており、本件申請の受理後、改めてこの点につき資料の提出を求めるまでもなく、判断できる状態にあった。

即ち、原告代表者らは、本件申請前に、岐阜市担当者に対し、原告代表者が昭和五七年四月より三重県員弁郡の員弁環境衛生社に継続的に出向き浄化槽の清掃業務に従事してきたことを説明している。更に、理史の経験については、原告が昭和五八年八月一日付でなしたし尿浄化槽清掃業許可申請の添付書類として同六〇年四月八日頃、被告に対して、理史の履歴書を送付しており、また、理史と被告との間の岐阜地方裁判所昭和五八年(行ウ)第一号一般廃棄物処理業不許可取消等請求事件において、原告本人(理史)及び証人鈴木好広の各尋問がなされ、理史が昭和五五年八月以降、継続的に員弁環境衛生社で、し尿浄化槽の清掃業に従事していることが述べられている。

以上のとおり、被告は、原告代表者及び理史が「相当の経験」があることを承知していたのであるから、履歴書の如き書類の不提出それ自体を理由として、本件申請を不許可とすることが、失当であることは明らかである。

(4) 被告は、右のように、履歴書の如き書類の不提出のみを問題として、「相当の経験」の要件解明のため、独自に、資料を収集したり、調査したりせずに、本件不許可処分をしたのであって、違法というほかない。

(5) 被告は、原告が「相当の経験」を有していることを熟知しているにもかかわらず、原告に対して、再三にわたり、「相当の経験」の有無について釈明を求めているが、これは、被告が、既存の清掃業者(中衛工業株式会社及び川島環境サービス株式会社)から成る岐阜県環境整備事業協同組合の圧力に屈する形で、同協同組合と癒着し、本件申請を不許可とするためにのみ、釈明を求めているのである。

2  抗弁2について

(1) 抗弁2の(1)は認める。

同(2)の主張は争う。

同(3)ないし(5)の各事実は認める。

同(6)の主張は争う。

(2) 浄化槽法施行規則一一条一号によれば、「自吸式ポンプ」を浄化槽法三五条の許可の要件としているが、これは、現実的には、バキュームカーしか考えられず、結局、清掃業者にはバキュームカーの所有が事実上要求されているといえるから、清掃業者に汚泥を収集、運搬させることには合理性がある。他方、廃掃法七条は浄化槽の清掃により生じた汚泥のみならず、一般廃棄物全てを対象としている。

以上から考えると清掃業者が、清掃により生じた汚泥を収集、運搬するためには、廃掃法七条の許可は必要でなく、浄化槽法三五条の許可があれば、収集、運搬が可能であると考えるべきである。

(3) 浄化槽清掃業の許可申請に対する許否の処分は、当該申請が法令に定める技術上の基準に適合する施設及び能力を具有する者からされたものである以上、当然に許可しなければならないとされる、いわゆる覊束裁量行為に該当するものと解すべきところ(昭和六一年一月一三日付、衛環第三号通知でも、覊束裁量許可である旨明言している。)、被告は浄化槽清掃業の許可申請(浄化槽法三五条)は廃掃法七条の一般廃棄物処理業の許可申請と一緒でなければならないとの見解を前提に、「岐阜市し尿浄化槽の汚でい収集運搬及び清掃業許可申請等取扱い要綱」を定め、あたかも、浄化槽法三五条の許可処分が廃掃法七条と一体となった自由裁量処分であるが如き取扱いをしている。

右の如き誤った法解釈並びにそれに基づいて定められた要綱によりなされた本件不許可処分が違法であることは明らかである。

(4) 浄化槽法三五条の許否処分は、いわゆる覊束裁量処分であるから、一定の要件に適合している場合には、申請を許可し営業を許さなければならないものであり、し尿浄化槽清掃業は、憲法二二条により「職業選択の自由」を保障された業務である。

従って、ある浄化槽清掃業者が浄化槽の清掃をなした結果生じた汚泥を廃掃法七条の処理業者が収集、運搬することを拒否し、その結果、混乱が生じることが予想されるとしても、それを理由として申請を不許可とするが如きは本末転倒も甚だしく、著しく失当というほかない。

(5) 被告が主張の根拠としている第七八号通知は、次の理由により失当であり違法である。

(a) 廃掃法七条の一般廃棄物の処理は、市町村の固有の業務であるから、し尿浄化槽の清掃の結果生じた汚泥の収集、運搬又は処分も市町村の固有の責任でこれを処理すべき業務である。

(b) 右通知によれば、廃掃法七条一項の許可業者でない申請者は、他の許可業者に対して、汚泥の収集、運搬処理を委託しなければならない。しかしながら、既存の清掃業者の団体である岐阜県環境整備事業協同組合は業務の独占を謀るべく、岐阜市等行政当局に対し、大量動員をかけ、新規参入業者の廃掃法七条の申請や浄化槽法三五条の申請を不許可とするよう圧力をかけており、既存業者が簡単に右の委託に応ずるはずがない。とすると、右通知は、結果的に既存業者の独占を許し、浄化槽清掃業務が完全に行われず、汚泥のたれ流しによる環境汚染が続いている現状を追認することになり、極めて不当である。

(c) 右通知によれば、収集、運搬の方法を明示しなければ、「不正な行為」をなすおそれがあるという。

しかし、現に、収集、運搬について、不正な行為をなす蓋然性が存することを証明できる場合ならともかく、浄化槽法三五条の許可処分が覊束裁量であるとされているにもかかわらず、右のような法の解釈適用をなすことは、行政法規の解釈として、違法であるといわざるを得ない。

(6) もっとも、現実問題としては、原告は、被告の見解に従って、実際の業務をせざるを得ないことになるが、原告はバキュームカーを所持しているので、被告の方で、廃掃法七条許可業者に指示して、原告の清掃の結果生じた汚泥を右バキュームカーにより収集、運搬させれば問題は生じない。原告代表者も被告の指示に従う旨本訴訟で明言している。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(本件申請)及び同2(本件不許可処分)の各事実については、当事者間に争いはない。

二  そこで、本件不許可処分が適法であるか否かが問題になるところ、まず、被告は、原告の本件申請が浄化槽法三六条一号、浄化槽法施行規則一一条四号所定の要件に適合しない旨主張し(抗弁1)、原告はこれを争うので、この点について検討する。

成立に争いのない甲第一ないし六号証、第一六号証及び乙第一〇号証の一ないし一一、原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証の一ないし一〇、証人広瀬久司、同鈴木理史及び同牧野芳美の各証言、原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、

1  原告代表者は、本件申請の前に、昭和六〇年九月二一日付で、し尿浄化槽清掃業許可申請書(以下、「九月二一日付申請書」ともいう。)を岐阜市担当者に提出したのであるが、右申請書には、「し尿浄化槽の機能点検及び清掃に関する専門的知識、機能及び相当の経験」と題する欄に「〈1〉、鈴木領 し尿浄化槽管理技術者B第〇三七八二号、〈2〉、鈴木理史 し尿浄化槽管理技術者B第〇二九〇二号」との記載が存するのみで、他に申請者の経歴等の記載が存しないこと、

2  九月二一日付申請書には、左記の添付書類が存したこと、

(1)  原告会社の設立年月日、原告会社がし尿浄化槽保守点検業を開始した年月日、原告代表者が代表取締役に就任した年月日等を記載した「会社の沿革」と題する書面一通

(2)  原告代表者及び鈴木美千代名義の「法第九条第二項第二号に該当しない申出書」と題する書面各一通

(3)  「営業所、事務所及び車庫平面図」と題する図面一通

(4)  自動車検査証二通

(5)  原告代表者及び理史がそれぞれ教育センターの実施する講習課程(Bコース)を修了した旨を証明する修了証書各一通(B第〇三七八二号及びB第〇二九〇九号)

(6)  原告会社の商業登記簿謄本一通

3  岐阜市担当者は、九月二一日付申請書が岐阜市所定の様式と異なっていたことから、同年九月二七日付で原告代表者に対し、「し尿浄化槽清掃業許可申請書は、岐阜市廃棄物の処理及び清掃に関する規則一一条により別添のとおり様式が定められていますので、これによって申請されるよう通知します」旨連絡し行政指導するとともに、九月二一日付申請書及び添付書類を返却したが、右申請書及び添付書類を複写することにより、その写しを手元に保管することとしたこと、

4  原告代表者は、やむなく右行政指導に従うこととし、理史をして、岐阜市所定の申請書用紙を用いて、申請書を作成せしめ、同年九月三〇日、理史を介し、これを岐阜市担当者に提出したのであるが(以下、右の申請書を「本件申請書」という。)、本件申請書には、「管理者の氏名」(備考として、「管理者の欄には、省令第六条第四号の規定に該当する者であって、業務の実施について責任を有する者の氏名を記載すること。」という注意書が印刷されている。)として、原告代表者の氏名が記載され、「管理者の履歴又は経歴」として、「会社の沿革、昭和五六年八月一日 岐阜市環境衛生有限会社設立 資本金五〇〇万円 鈴木理史代表取締役に選任され就任、昭和五六年一二月一日 し尿浄化槽保守点検業開始、昭和六〇年九月一〇日 鈴木理史代表取締役辞任 鈴木領代表取締役に選任され就任」と記載され、更に、「従業員名簿」として、「鈴木理史 昭和四年七月一一日生 男 厚生省認定管理士B第〇二九〇二号 現業員、鈴木智絵 昭和三七年三月二四日生 女 普通自動車免許 現業員、鈴木美千代 昭和一一年三月一六日生 女 事務」と記載されているにとどまること、

5  本件申請書には、左記の添付書類が存したこと、

(1)  「営業所、事務所及び車庫平面図」と題する図面一通

(2)  原告会社の商業登記簿謄本一通(同謄本によると、原告会社の取締役は鈴木領、鈴木美千代の二名である。)

(3)  原告代表者及び鈴木美千代名義の「法第九条第二項第二号に該当しない申出書」と題する書面各一通

(4)  原告代表者が教育センターの実施する講習課程(Bコース)を修了した旨を証明する修了証書一通(B第〇三七八二号、以下、「本件修了証書」という。)

(5)  理史が教育センターの実施する講習課程(Aコース)を修了した旨を証明する修了証書一通(A第〇四三二〇号)

6  岐阜市担当者は、本件申請書の記載事項及び添付書類だけでは、原告が浄化槽の清掃に関して相当の経験を有しているかどうか判断できないと考えたため、原告代表者に対し、昭和六〇年一二月七日付の「浄化槽清掃業許可申請について」と題する文書により、浄化槽の清掃に関して相当の経験を有しているかどうかの点が具体的に判断できる実務内容(勤務先、在職期間、担当業務等)を記載した書面を同月一四日まで提出するよう求めたこと、

7  これに対して、原告代表者は、同月一三日付の回答書により、被告に対し、大要、「本件申請については既に貴庁と申請人との間において何ら問題はないものとして昭和六〇年九月三〇日付でもって、すべて完了し処理済である」旨回答したこと、

8  右回答書を受領した岐阜市担当者は、再び、原告代表者に対し、同年一二月一八日付の「浄化槽清掃業許可申請について」と題する文書により、「前記一二月七日付で依頼した件について再度回答を求めます。…昭和六一年一月六日まで提出して下さい。」と求めたこと、

9  これに対して、原告代表者は昭和六一年一月三日付再回答書により、被告に対し、「教育センターは『相当の経験』を有していると認定した者に対してのみ、厚生大臣認定浄化槽管理技術者資格認定講習会を一〇日間実施し、受講修了者につき考査を行い、その合格者に対しそれぞれコース別(保守点検・Aコース及び清掃・Bコース)に修了証書を授与している。申請人は修了証書(清掃・Bコース)は提出済であり昭和六〇年九月三〇日に貴庁に正式に受理され完了ずみである」旨回答したこと、

10  右の他、岐阜市担当者は、原告代表者及び理史に対し、口頭で、再三、履歴書を提出するよう行政指導したが、原告代表者らは出す必要はない旨返答し、これを拒絶したこと、

以上の事実が認められ、他に、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  そこで、右事実を前提に検討するに、浄化槽法三六条一号は「申請者の能力が厚生省令で定める技術上の基準に適合するものであると認めるときでなければ、市町村長は浄化槽法三五条一項の許可をしてはならない」旨を定め、これを受けて、浄化槽法施行規則一一条四号は、「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験を有していること」を右にいう技術上の基準の一つと定めているが、右の浄化槽法三五条一項の許可処分は、当該申請が法令に定める技術上の基準に適合する能力を具有する者からされたものである以上、当然に許可しなければならない、いわゆる覊束裁量行為に該当するものと解するのが相当である。

従って、申請者が法令に定める技術上の基準に適合する能力を具有しているにもかかわらず、市町村長が恣意によって申請を許可しない場合は、右不許可処分は違法であるといわざるを得ない。

しかしながら、市町村長が浄化槽法三五条の許可処分の判断にあたって、いかなる資料を用いて判断するのか、また、いかなる範囲の調査をしなければならないのか(換言すれば、いかなる範囲の調査を尽くさなければ、申請者が法令に定める技術上の基準に適合する能力を具有していると認められないとしてなした不許可処分が、違法なものとなるのか)は、別個に考察すべき問題であるというべきである。

そこで按ずるに、浄化槽法三五条三項、浄化槽法施行規則一〇条一項、二項四号、一一条四号は、浄化槽法三五条の許可を受けようとする者(申請者)は所定の事項を記載した申請書を提出する他、申請者が「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験」を有している者に該当する旨を記載した書類を添付しなければならないと規定するが、右は、浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び経験といった事項は、その事柄の性質上、申請者自身において最もよく覚知し、しかも、容易に開示しうるものであり、反面、市町村長としては、申請者の協力なしでは、容易に調査することができないものであるから、申請者自身に自己の経歴等の資料を提出させることにより、当該申請が法令所定の要件を充足するか否かの市町村長の判断の基礎資料を確保しようとした趣旨であると解される。

そうだとすれば、「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験」も含めて、申請者が法令に定める技術上の基準に適合する能力を有しているか否かにつき、市町村長は、当該申請書及び添付書類のみに限定されることなく、職権をもって独自に調査、収集した資料に基づいて判断できることはいうまでもないにせよ、反面、申請者についての「相当の経験」の有無は、将来行うべき清掃業務が的確に遂行できるであろうと認めるに足りる実務経歴からこれを判断するほかないのであるから、申請者の経歴等の当該申請者において最も覚知しうる事柄については、原則として、当該申請者が提出した申請書及び添付書類のみに基づいて判断することとし、場合により、その内容に疑問があるときは、適宜、当該申請者に釈明を求めたり、あるいは、独自に調査、収集した資料を加味して判断するという方法をとることも許されるというべく、いかなる場合にも、例えば、申請者が、経歴等を記載した添付書類を提出しなかったり、申請書や添付書類に関する市町村長の釈明に申請者が応じなかったりした場合にも、市町村長は広範囲に申請者の経歴等について独自に調査しなければならない義務を負う(換言すれば、独自に調査しなければ、不許可処分が違法となる)とまではいえないと解するのが相当である。

四  また、申請者が法人である場合には、「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験」の有無は、当該申請者(法人)において浄化槽清掃業の実施に関し直接指揮監督する地位にある者(当該法人の代表者である場合もあるが、必ずしも代表者に限られない)につき判断するのが相当であるが、本件について言えば、岐阜市所定の申請書用紙に「管理者」の欄があり、備考として、「管理者の欄には、省令第六条第四号の規定に該当する者であって、業務の実施について責任を有する者の氏名を記載すること。」という注意書があるように、「管理者」欄には廃掃法施行規則(但し、昭和六〇年改正前のもの)六条四号に規定する「し尿浄化槽の機能点検及び清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験」を有する者を記載することが予定されており、しかも、原告は、右「管理者」欄に原告代表者の氏名のみを記載したのであるから、「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験」の有無は、原告代表者につき判断されるべきである(従って、被告としても、浄化槽法三五条の許可処分にあたって、「管理者」欄に記載されているところの原告代表者につき、右の点の有無を審査すべきであり、また、審査すれば足りる。)と解するのが相当である。

従って、本件においては、理史についての「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験」の有無は、問題にする余地はないというほかない。

五  しかして、前記認定事実によれば、九月二一日付申請書及び同添付書類をも含めて、原告の提出した資料のうち、原告代表者の「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験」に関する資料といえるのは、本件修了証書だけであり(本件申請書及び九月二一日付申請書に、原告会社が昭和五六年一二月一日にし尿浄化槽保守点検業を開始した旨の記載があるが、これが、浄化槽の清掃に関する相当の経験にあたらないことは当然である。)、原告代表者は、岐阜市担当者の再三の要求にもかかわらず、本件修了証書以外の資料の提出を拒絶したことが認められ、そうだとすれば、被告としては、本件修了証書以外に、原告代表者が「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験」を有しているか否かについて判断する資料はなかったものと認めるのが相当である。

もっとも、原告は、「本件申請前に、原告代表者らは、岐阜市担当者に対し、昭和五七年四月より三重県員弁郡の員弁環境衛生社に継続的に出向き浄化槽の清掃業務に従事してきたことを説明しており、被告は、浄化槽の清掃に関する原告代表者の経験について熟知していた」旨主張し、右に沿う証人鈴木理史及び原告代表者本人の供述部分もあるが、右の供述部分は証人広瀬久司の証言に照らして措信し難いと言うべきであり、他に、これを認めるに足りる証拠もない。また、仮に、証人鈴木理史及び原告代表者本人が供述するように、原告代表者らが、本件申請前に、岐阜市担当者(太田課長)に原告代表者の経歴を口頭で説明したことがあったとしても、証人広瀬久司の証言によれば、右太田課長は、本件申請当時、既に、所管が移動していることが認められ、右説明の内容が、当然に、本件申請に対する浄化槽法三五条の許可処分権者たる被告市長の認識しうべき事柄とはいえず、被告市長としては、他の行政事務と同様に、申請書及び添付書類といった外形的に現れた資料に基づいて判断するのが当然であるから、原告の右主張は失当というべきである。

六  そこで、次に、本件修了証書が、「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験」を証明する資料として十分であるかどうかを検討する。

前掲証拠並びに成立に争いのない甲第二六号証、乙第三及び六号証並びに原本の存在及び成立に争いのない乙第五号証によれば、

1  原告代表者は、昭和五七年九月一〇日頃、教育センターの実施する浄化槽管理技術者資格認定講習会の清掃コース(Bコース)の受講申込をしたが、その際、員弁環境衛生社に昭和五七年四月から九月までの六か月間従業員として汚泥収集見習いをした実務経験がある旨の身上調書を教育センターに提出したこと、

2  原告代表者は、昭和五八年一〇月三〇日、右講習会の清掃コース(Bコース)を修了して、本件修了証書を取得したのであるが、本件修了証書には、「あなたは廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則第六条第四号に規定するし尿浄化槽に関する専門的知識及び技能を有する者を養成する講習として厚生大臣の認定した課程を修了したことを証します」旨の記載があること、

3  浄化槽法の施行直前に発せられた第一三七号通知は、「浄化槽法施行規則一一条四号に定める『専門的知識、技能及び相当の経験』を有する者は、厚生大臣の認定する清掃に関する講習会の課程を修了した者であって相当の経験を有する者とすること。」として、右浄化槽法施行規則一一条四号の内容を明確にするとともに、経過措置として、「従来、教育センターが実施した浄化槽管理技術者資格認定講習会(Bコース)の修了者は、厚生大臣の認定する清掃に関する講習会の課程を修了した者とみなすこと。」としたが、このように、行政実務上、従来、教育センターが実施した浄化槽管理技術者資格認定講習会(Bコース)の修了者は、「専門的知識、技能」を有するものと取り扱われていたものの、浄化槽法三五条の許可処分につき、「相当の経験」は別個に要求されていたこと、

4  浄化槽法の施行後に発せられた、厚生省生活衛生局水道環境部環境整備課長の各都道府県・政令市浄化槽行政主管部(局)長宛の通知「浄化槽清掃技術者認定講習会の認定について」(昭和六一年二月二五日付、衛環第三三号、以下、「第三三号通知」と言う。)は、前記第一三七号通知にいう「厚生大臣の認定する清掃に関する講習会」として、あらためて、教育センターの実施する浄化槽清掃技術者認定講習会を認定したが、同講習会の受講対象者は、浄化槽の清掃実務経験が二年以上の者に限定されたこと、また、そのように限定されたのは、少なくとも、この程度の実務経験を有しなければ、講習がそもそも理解されないおそれがあるためであること、

以上の事実が認められ、他に、右認定を左右するに足りる証拠はない。

七  そこで、検討するに、浄化槽法三六条一号、浄化槽法施行規則一一条四号によれば、浄化槽法三五条の許可処分については、申請者が「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験を有していること」が要件になっているが、右条文の文言から明らかなとおり、浄化槽の清掃に関する「専門的知識、技能」とは別個に、浄化槽の清掃に関する「相当の経験」は、浄化槽法三五条の許可を受けるために必要な要件であるというべきである。そして、右に言う「相当の経験」とは、浄化槽の清掃作業に相当期間従事したことを指すものであって、観念的な要件であるところの「専門的知識、技能」とは別個に要求されるべきものである。この点、原告は「専門的知識、技能及び相当の経験」は一体的に判断されるべき旨を主張するが、独自の見解であって採用できない。

右の観点から、前記認定事実を考察するに、本件修了証書は、その記載文言や従来の行政実務に鑑み、講習修了者が、浄化槽の清掃に関する「専門的知識及び技能」を有することを証明するものであることは認められるが、反面、講習会修了者が、浄化槽の清掃に関する「相当の経験」を有することまでも証明するものであるとは到底、認められないと言うべきである。

もっとも、原告は、「教育センターは『相当の経験』を有していると認定した者に対してのみ、講習会を受講させ修了証書を交付しているのであるから、『相当の経験』についての証明は修了証書の提出により十分である」とも主張しているが、前記認定事実によれば、受講対象者が、浄化槽の清掃実務経験を二年以上有する者に限定されたのは、浄化槽法施行後の昭和六一年二月二五日付の前記第三三号通知によってその講習内容、対象者等を規定された浄化槽清掃技術者認定講習会であって、原告代表者が昭和五七、八年に受講した浄化槽管理技術者資格認定講習会の清掃コース(Bコース)には、右のような受講対象者の限定があったとは認められない(実際、原告代表者は、六か月の汚泥収集見習いの経験がある旨の身上調書を教育センターに提出しているに過ぎない。)ので、原告の主張は失当であるというほかない。

八  以上によれば、本件修了証書が浄化槽の清掃に関する「相当の経験」を証明する資料になりえないことは明らかである。

しかして、原告代表者は、「浄化槽の清掃に関する専門的知識、技能及び相当の経験」についての資料としては、本件修了証書しか提出せず、岐阜市担当者の再三にわたる釈明にも応じなかったのであり、このような場合に被告に、申請者の経歴等について独自に調査する義務があるとはいえないことは前記のとおりであるから、結局、被告として、原告代表者が、浄化槽の清掃に関する「相当の経験」があるとはいえないと判断したのは相当であるというべきである。

そうだとすれば、原告の本件申請は、浄化槽法三六条一号、浄化槽法施行規則一一条四号所定の要件を充足していないことに帰し、被告の本件不許可処分には、覊束裁量を逸脱した違法はないものというほかない。

九  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田宏 松本久 源孝治)

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